わたしの歩み~出会いの襷~

私が この現実にいて思うこと 日々つづります

旅先は・・・

熱海

電車で2時間30分かけて。

往復5000円

なぜ熱海か?

なんとなく海をみたくて

熱海と言う地名にひかれて

ここにしました(^^)

あと、一時間

一冊の本とノートとペンをもって
長い長い電車の旅

海をみて何を感じるだろうなぁ。

海ならもっと近いところあるじゃん?

いえいえ、

距離ではないんです


遠いからいいんです。


いろんな人と出会えます

いろんな感情に出会います

途中で帰ろうかと思ったりします

でも

一度決めた目標に向かってひたすら進む


目標達成のための
ヒントがある気がしてならなくて。

というのも

わたしは目標をたててそれを実践行動することがあまり得意ではありません

途中途中で襲ってくる感情に襲われて
挫折する蓄積をしてきたため

目標を立てることに抵抗があり

行き当たりばったりの人生を送ってきました


だから

熱海へ行くって決めて
目的や目標は道中で決めればいいや

その心で乗り込んだ電車。


天気もよく

眺めもよい


思い出に残る旅になりそうです( 〃▽〃)


あ、海がみえてきた!

2日間かけて

旅に出ます

ずっとしたくてできなかった一人旅


どこへいこうか

笑顔ができること

笑顔でいれること

それが一番だ(。^。^。)

仕事しながら思った

自分が
この職場に欠かせないムードメーカーになるぞ

どんなに職場が暗鬱としていても
わたしはこの職場で笑顔でいよう

ただの笑顔ではなくて
心の底から湧いてくる向日葵のような笑顔で。

みんなの心が安らぐように

それが私の役目だ(^^)

お騒がせしました~昼下がりのいい日差しの下で~

こんにちは

 

今日も快晴で過ごしやすい日ですね

 

梅雨はもうあけたのでしょうか?

 

さて

 

前回のブログ

 

私の様子をみて鬱なのでは?とおもった方が

もしかしたら、いらしたかもしれませんが

鬱でもあり 鬱でもありません。

 

というのも

母親が8歳の時 離婚でいなくなり自分が悪かったのではと思い込み、

そのうえ3人兄弟の長男だからか、弱音もはけず

何か事が起こると、全責任を自分に背負い込もうとしてしまう癖が

ひどくて

誰かに相談できるかといえばそうではなく、父親は口をきいてくれる人ではなく

誰にも相談できなかったため、自然と一人で抱え込んでいく。

 

そんなことを繰り返し蓄積していくと、無意識次元ではかなり苦しくなり、

いい加減吐き出さなければ やばい・・・と思い書いたのがあ前回のようなBlogです。

 

日々少しずつ表現していけばいいとはわかっているものの

なかなか表現癖がなく、気づけば苦しい状態に。

 

表現したいけどできない

24年間ずっと繰り返してきたことですが

もうすこしで、この基準点ともお別れできそうです。 

 

自分でも後になって振り返って

「よくもまあ 人前でこんな文章書けたものだな」と感心するところではあります。

 

もう20年以上繰り返してきた技で、なかなかしぶとい・・・(-_-;)

だだ

今回の件で仕組みは明確につかみ、あとは新しい道を敷くだけです。

 

着実に前進しているのを感じます(*^^)v

 

「もう24年間と同じことくり返してたまるものか」

 

何度も地獄に遊びに行って仕組みを捕まえる

 

遊びに行きたくて地獄に行くわけではなく

もう二度と同じ過ちを繰り返さないために

その地獄の仕組みを意識化するために遊びに行く。

 

地獄にはまっている時は遊んでいる余裕なんてもちろんありません

 

でも

地獄を感じて味わって、逃げたい気持ちを押し殺したとき

その苦しみと向き合う中で少しずつではあるけれど

地獄(I amだめだ)の仕組みがみえてくる。

 

その仕組みが見えた時

 

地獄に行ってしまう意味がわかってくる

自分なりに肯定的にとらえなおすのです。

 

神様の悪戯という表現がわかりやすいかもしれません

 

ずっと順風満帆だったら疑問に思うことも無く

己と向き合うことも無く

 

人の痛みもわからない人間になってしまいます。

 

だから

地獄は感謝でもあると思います。

 

 

その地獄を意識化して、「次はどうしていきたいのか」を考える

過去からの分離独立です。

 

通常、人は過去に生きることしかできません。

過去の判断基準(Engine)から自由になることはできない

けれど

この現実を創りだしている脳機能の仕組みが観えたとき

宇宙自然すべての根本的な作動原理が観えた時に

自分と自分の中のImageから自由になり、大自由な心そのものからこの現実を生きることができる。

 

この現実を創っているのは

他の誰でもなく自分であることが明確に分かった時

独立した意思をもってこの現実を生きることができる

 

本当の自分と出会った瞬間です。

 

あとは自分の意志次第。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても

いい感じでCloseになっていました。

 

私の住んでる場所

ど田舎で物音ひとつなく

あるのは風の音。

日差しも差し込んでとても過ごしやすい空間です。

 

本当に いい場所みつけた と思います

さてと買い物行ってきます。

 

生きる意味

久しぶりの投稿(*^^)v

(といってもちょこちょこ更新はしていましたが)

 

プロフもこっそり弓道部時代のものに変え心機一転。

 

久しぶりに意識空間が晴れたので思い切って投稿してみます。

内容は、気づき感動のシェアです。

原点に立ち返ったブログです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

感情が見えずらくなる

 

表現不足によって

外では、感情を押し殺し

外に合わせている(無意識)ことの時間が多く

 

自分の本音が見えずらくなっている。

 

そのことに気づいた。

 

表現しないと

 

意志が薄れていく。。。

 

というより、自分環境にのまれて

 

何のために今この瞬間を生きているのか

錯覚してわからなくなる

 

そもそも

わからなくなっていることすらわからない

 

これが最も危険な状態

 

 

どんどん

意識空間が外に合わせるあなたの意識空間に染まっていく。

 

 

表現しよう!そう思っても

なぜかブレーキがかかっていた。

 

 

その謎が解けた。

 

 

なんで表現する必要があるの?

 

 

我を見失っていた。

 

 

だから

 

つねに今ここ

 

初心に立ち返って

 

「なぜ生きているのか」「なぜ生きる選択をし続けるのか」

その問いからスタートしよう

 

自分の意志とは関係なくこの世に生を授かり

 

生きる意味も分からず生きてきた24年間。

 

でも

その問いの答えと出会ったとき

心の一番深いところからエネルギーが満ち溢れてきて

 

今まで抱えていた不信や不安、恐怖が砕けて消えた。

 

今、思い出した。

 

私たちは次元が違う勝負をしていたんだ。

夕暮れ時 ひとり

今日で6月が終わり

2017年も

半年が終わる

ひとり部屋にこもり

少し晴れた空に浮かぶ

雲の流れを見ている

そんなことをしているうちに

ただ

ただ

時間だけが

過ぎていく・・・




そんな一時を過ごしながら

今まで認識してなかった
心の"苦しさ"や"寂しさ"を感じる

なんなんだろ?

最近まで
ひとりだって
なんの苦しさも覚えなかったのに。

(正確には"苦しさを感じない自分になっていた"

というのがいいのかもしれないけれど)

2年前
この場所にたどり着いて

そこで

心から気を許せる仲間たちと出会ってから

なんだか人生が
よい方向に進んでいくのを感じていた

でも

私は、

「ひとりでいきるんだ」

と無意識深くで決断しているからなのか

どこかで、彼らとの距離をおいていた

でも、

本当は

たくさん交流したいって思う自分

ひとりでいきるのではなく

多くの人と手を取り合って生きていきたい



願う私がいる


もう、ひとりで生きなくていいんだよ

2年前にこのメッセージをきいてから

最初は受け入れられなかったけど

2年の月日を経てようやく

心が柔らかくなり

本音を感じ始めているように思う

苦しいって

思いたくても思えなかったから

寂しいって思いたくても思えなかったから

表現することができなかったから

感じることをいつの間にか忘れていった

やっと

そのことに気づけましたんだと思います


24年間分の思いを

すべて出していくこと

まずはそこから。

ずっと

生まれた頃から

表現することが×だと思ってしまい

心では

愛を表現したいと願っていた

けれど、

自信のなさからなのか
恥ずかしさからなのか

心のうちで思うに留まり

お父さんやお母さんに

一度も

表現することなく

気付けば小学3年生に上がる頃には
家族はバラバラになり

私は
そのことに長男として負い目を感じ

誰にも迷惑をかけない
ひとりでも生きていける強い自分になる
と決断した

家族がバラバラになってしまったのは

誰が悪いわけではないのに

自分に責任を感じて

道をさだめて歩み始めた16年前。

いつしか表現することをあきらめていた


16年か・・・


でもようやく

心は素直になり始めてきたのを感じます。

だから

何がいいたいかというと

「ありのまま表現していくよ

綺麗なことばかりではなくて

自分のなかで境界線を張り
感じちゃいけない
表現しちゃいけないと
固く思い込んでいたこともなんでもすべて


ありのままに表現していくよ。」


ってこと

人間が規定した ×○基準なんかに惑わされず


ありのまま


感じることを表現していく

"表現していいんだ "

そう思えるように
ようやく
なったのかもしれません(*´ー`*)

心が軽くなり、兆しがみえはじめました。

7月はたくさん表現しよう(^ ^)

おわり。

棘の道

ああ

 

なんということか

 

一向に進まない

 

手紙

 

ただ時間だけが過ぎていく。。。。。

 

向き合わねばならないこととしりがら

 

向き合うことができなかったこの二年間がありました。

 

向き合いたくてもむきあえなくて過ごしてきた2年間。

 

いや生まれてこのかたずっと待ち望んできたことのようにさえ感じます

 

この日のために

 

この勝負をするために

 

このために私はずっとこれまで生きてきたのではないかと

 

本気で想うのです。

 

それは

 

生まれた場所生れ育った家族に想いを伝えること

 

どんな些細なことでも想いを届けたい

 

私のいきる意味は

 

家族愛

 

本当は生まれたころからしたかったことは

 

家族愛

 

そんな気がしてならないのです。

 

私は言葉にさえできませんでしたが

 

この世に生まれて物心ついた頃から家族に対する愛情みたいなものが芽生えていたころを思い出しました。

 

ただ

 

その愛情を表現することができなかった・・・

 

お父さんは無口な人で

 

お母さんは不安定で

 

気づけば家族はバラバラになっていて

 

子どもながら息苦しさを感じていましたが

 

私は家族が大好きで

 

記憶をたどれば心当たりがたくさんあって

 

こうして文章を綴りながら

 

なぜだか、心の深いところから涙があふれてくる

 

伝えることができなかった私の想いたち

 

伝えたい

 

24年間をひっくり返したい

 

私の思い描いてきた家族像を現実にしたい

 

認識技術を学んでから

 

不思議とそれが現実になるような気がしてなりません。

 

この宇宙は自分のものだから。

 

いつも子どもたちを置いて外へ遊びに行ってしまう

お父さんに対して流した涙

兄弟三人を懐にかかえ「ごめんね」と言葉をもらした

お母さんに対して流した涙

一人暮らしをすると家を出ていく

弟に対して流した涙

荒れ狂う

妹に対して流した涙

どうしていいかわからず恨むしかなかった

祖父母に対して流した涙

 

がありました。

 

なぜ涙を流すのか

 

その意味が分かるきがします

 

とにかく

 

あの頃の意志を形にしよう

 

今はただそのことだけを考えて過ごしたい

 

いや

 

すごさねばならない

 

この勝負は

 

人生の基準点を決める勝負になる。

 

これを突破せずに先はない。

 

逃げても向き合わねばならないときが必ず来るから。

 

私は

 

ただただこの道をまっすぐ進むのみ。

 

苦しきこの二日間の意味が分かる気がするのです。

 

それだけの勝負をあなたはやろうとしているのですから

 

もだえるほどの苦しさは逆に誇りではありませんか。