21世紀の歩み~道なき道を行く~

私が この現実にいて思うこと 日々つづります

今日は 日本敗戦が決まった日 私の決断の日

今日は

日本という強国が

世界の敗北國になった日

 

終戦記念日と呼んでいるが

 

記念日…きねんび…

 

私は呼びたくない

 

本来なら勝ってもおかしくない戦争だった

 

日本は

アジアのエルドラドを完成させようとしていた

 

・・・大東亜共栄圏・・・

 

そのために

中國大陸から南方の国々にかけて

 

小国の日本が大国アメリカやイギリスなど国々と勝負を挑み

 

アジアの解放を叫んだ

 

1941年の12月8日

ハワイ真珠湾攻撃を皮切りとして

太平洋戦争が始まった

(※真珠湾攻撃:日本がアメリカによって石油資源の輸入路を断たれたため 山本五十六を中心として作戦をり、その石油輸入路を確保するためであった。これもアジアのエルドラドのためか)

 

この奇襲攻撃で大損害を与えることはできなかった

多くのアメリカの若者(涙をのんだ若者、パールハーバーを忘れまいとして臨んだ)を戦争に引き込み、アメリカも戦争に参戦し、事実上の世界大戦となった。

 

日本は、開戦当初 優勢を誇っていた

次々と

アメリカ、イギリス、オランダによって占領されていた国々を開放し

 

かなり広大な範囲を勢力圏とした

 

あの小国日本が!と世界各国に言わしめた

世界最強と謳われた戦闘機零式艦上戦闘機(通称;零戦

世界最大最強の戦艦大和、武蔵など

山本五十六石原莞爾マレーの虎:山下中将、乃木希典将軍、東条英機など

多くの逸材がそろっていた

 

しかし

 

次第に劣勢になり

 

行き場をなくした日本は

特攻作戦まで行う

 

最後は広島・長崎に原子爆弾が落とされ

 

ついに日本の明治天皇は敗戦を受け入れ

今日8月15日に玉音放送にて

敗戦を国民に告げた

 

この日に

何人もの人が割腹自殺をした

多く日本人が地面に崩れ落ちた

そして涙をした

 

日本は

 

負けた

 

世界の日本の

すばらしさが美しさが強さが

この日を境にアメリカによって

塗り替えられていった

 

屈辱の日

 

だから終戦記念日というのはどうかと思う

 

この今の日本を目覚めさせたい

 

日本こそ世界を代表するべく国だ

 

私はこの国に生まれた意味がようやく分かった

 

23年間の人生ストーリーがそのことを物語っている。

 

私は

2年前、世界に行くと決めた

 

世界中の子供たちと出会って

 

私の人生ストーリーと共に

無限大の可能性と勇気と希望と今この時代に生きていることの誇りを伝えたい

 

世界中に仲間を作って

愛をして

晩年は私の家の庭で、世界中の仲間たちが子供たちが

境界線なく、語り合ってる、そんな憩いの場、心落ち着く場、交流の場

それを創りたい

その光景を毎日のように見ていたい。

 

One World

をこの目で見たい

8歳で母親を離婚で失い

18歳で母親のいない苦しみを感じ

20歳で人生に迷い

21歳で我が道を定め、道に迷いながらも、乗り越え、その過程で夢を持ち

22歳で人生の路頭に迷い、苦しみのさなか観術に出会い、求めていた問いの答えを得て

23歳でようやく、日本人としての誇りを得、悟りを得て

 

今こうして、生きている。

 

私がやりたいことはひとつしかない

幸せ成功感動を世界中の人たちがともに共有共感できる、そしてその場から世界へ飛び立っていき各々の使命を果たす。

そんな人たちを世界中に創る

 

私は存在しない

ただ間となって、世界の架け橋になりたい

 

23年間の人生ストーリーと共に

今ここから、私の第二の物語が始まる

 

まったく新しい人生を

志をともにする仲間たちと共に

 

90歳までは必ずいきて

 

71年前に日本の未来のために、命を懸けていった若者たちのためにも

私は、今世をこのうように全うしたい。

 

この世に生まれてきたのだから

使命がある

 

私は”愛”をしたい