わたしの歩み~出会いの襷~

私が この現実にいて思うこと 日々つづります

ひい祖父ちゃんの命日

台風が通過したりやってきたりと

ここ数日不安定な天候が続いている

 

すっきり快晴と思いきや

いきなりどしゃぶりの雨が降ったり

おまけに雷付きだったり

 

そんな天候が続く中 

昨晩、私は実家に帰りました

今日は埼玉医大に定期健診へ行くことになっていた

 

だから帰ったのだが

病院から帰り、お昼ご飯を食べていると祖母が

何かをぼそっと言った。

 

「あ、やっぱり・・・。何かの偶然か、、、。とにかくひい祖父に呼ばれているような気がした。病院が今日になったのも、意味があってのことだったのだなと感じた。行こう」

 

今日は、ひいじいちゃんの命日だった

 

8月になると思いだす

「そういえば、ひいじいちゃんの命日いつだったっけか…」

そんなこと思っていたら、祖母が今日だと言っていた

 

心の片隅にあったので

行く心つもりでいた。

 

午後、雨が止んだのでお墓まいりに行くことになりました

 

―――石碑をみると亡くなってから今年で22年

平成6年8月20日だから私が1歳6カ月の頃

(23年間 通い続けているのに、私が何歳のころだったのか全く関心がなかったようだ。私が一歳の時だったと初めて知った。石碑をまじまじとみつめたのは何度もあったけれど、あまり自分と繋がっていなかったみたいだ。観術を学んで、つながりを感じるようになったんだな。つい最近まで、昭和とか大正とかどうでもよかった私に気づく)

 

当時、ひい祖父は自宅療養していたそうです。

わたしはいつもかわいがってもらっていたそうです

だから、1歳ながらも、ひい祖父のことが大好きだったのでしょう

 

祖母からよく言われます

 

火葬場で、「ダメ、燃やしたらダメ、じいちゃんをもやさないで」 と泣きわめいたそうです。私は記憶にないのですが…。

今日もそのことを言われました。

 

お墓につくと

しっかり向き合い

目をつむり手を合わせました

 

そして私の意志を伝えました

 

今の私をみたらひい祖父はどう思うだろう

 

―――少しだけエピソード

私が受験生の時、高校受験、大学受験ともに

夏場、部屋で冷房をつけて勉強をしていると、毎日のように

天井から物音が聞こえる

高校受験の時はそれが恐怖で仕方がなかった

 

そして大学受験の時も同じ現象が起こった

あまりにも偶然と思えず、祖母に話をしてみたところ

ひい祖父が応援してくれているんじゃないのかな

 

もしかして

お母さんを失ったことを知ってて

いつものように一人で部屋にこもっていたから

それに見かねて

来てくれたような気がして…

 

恐怖から感動・涙へと変わった

それから ありがとう と感謝の気持ちを伝えるようになった

 

そんなこんなで

今私は世界最先端教育を学んでこれから世界へ広めに行こうとしています

これからもよろしくお願いします