わたしの歩み~出会いの襷~

私が この現実にいて思うこと 日々つづります

妹の誕生日

おめでとう

5/9は妹の誕生日

今年で19才かな

早いなぁ

3年前に

長男として

妹を叱ってから

ぎくしゃくが続いてる

言葉遣いだけは大切にしてほしい

そんな想いから

3年前 本気で怒鳴った。

家族が誰もなにも言わぬことに違和感を感じて

長男として妹の言葉遣いにたいして
はっきりと叱った。

ただ、裏目に出てしまった

家族はなにも言わない

むしろ喧嘩はやめなさいという、

喧嘩ではない。
しつけがなってない

都合の良いこというなよ。
あなたたちの教育がこうしたんでしょうが。
当時はそう思った。

わたしは、孤立した。

というよりも、
きょりを置くことにした。


わたしの家系は職人柄とても
言葉遣いにきついところがある

他人への思いやりとかが欠けてるのかもしれない

このままでは

母と同じ思いを
他人にさせてしまう
少なからず学生時代になんどかしてきたように思う。

少なからず家族に影響を受けてるとしたら

わたしもパートナーや仲間に同じことを
してしまうのだろうか

それが怖かった。

家族には気づいてほしくて
この現状をなんとかしたくて
意を決してとった行動が

妹との、関係性を拗らせた。

あの日のわたしの
ほんとの
思いが伝わるときがくるといいな。

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学生時代

人間関係でけっこう悩んで

なんでだろうって追求して

ノートと向き合う日々

しばらくすると
自分の泳いだ海に原因があるんじゃないかなぁってうっすら気づきはじめて

さすがに家族に原因があるなんて思いもしてなかったけど
脳科学とか勉強すると0~6才までに90パーセントの思考パターンが決まるって。

結局答えは見つからなくて

学生時代

なにやってたんだろーなって。思う。

でも、

どこかで
この流れを止めないといけないって感じてたから

何かしないとって。

もう、
これ以上同じことを繰り返させてたまるか
このカルマは自分で終わりにさせる。

その一心で
毎日図書館にこもった。

多いときでは朝から図書館が閉まるまでノートした。

そんなある日、とあるイベントで

【観術】っていう
教育をやってる仲間と出会った

2015年5月26日のこと

私にとっての転機となる出会いだったと
今となっては思う

詳しくはのちほどかくとして
この出会いによって
家族を責めても意味がないことを知った
家族が悪いわけでもなかった

誰も責めることができない理由があることを知った

あの日から早2年がたとうとしてる。
振り返れば
寝ても覚めても家族のことで頭を悩ませていたなぁと思う。

家族というか 妹 のこと

なんでこんなことになってしまったのか。

わたしの意思が
家族に伝わることはないのかもしれない。

わたしの原点はあの日だと思ってるから

忘れることはできないけれど

あの日の決断に今でも誇りを持っています。

わたしが責任もって背負うって決めたから。

もう二度と同じ過ちを繰り返してほしくない。
ただその思いひとつ。

長くなってるけど

やっぱり
あの日のことがずっと心に突き刺さってて

毎年 妹の誕生日になると

おめでとうっていってやりたいなぁて
思うけど

言えないもどかしさ。

今年もその日がくる。