21世紀の歩み~道なき道を行く~

私が この現実にいて思うこと 日々つづります

守りたい人

今 大切にしたいと思える人たちがいる。

守りたいと心から思える人がいる

この想いとずっと出会いたかった

この意思にいきる人生を歩みたかった。

それが自分にとっての生きがいだと知った。

 

でも幼少期にその思いと決別した。

 

自分は出会えない、表現することができない

自分は誰一人として守ることができない。

 

母親は離婚でいなくなってしまった。

もしあの時、心の声を伝えることができていたなら・・・

後悔だけが募る

 

お父さんは一人でその後もずっと自分たち兄弟三人を育ててくれた。

自分は当時、お父さんをも守ることができなかった。

 

もしあの時自分が声をかけて支えてあげることができたなら・・・

 

思春期は父親を恨んでさえいた。

けれど20歳を過ぎて少し大人になって

自分で自分の道を決めなければならない時期になって

お父さんの気持ちを少しずつ理解できるようになった。

 

そしてきづいた。

「一番孤独なのはお父さんじゃないか」

自営業で社長をしている父。

社員はいない。

きまった休日はなく、ただ、家族のために働く父。

自分はなんて小さかったんだ。

そのことに気づいてから、大学が休みの日は

父が仕事に出てから帰ってくるまで、父の事務所で一人待っていた。

何日も何日も。

言葉では伝えることができなかったから、行動で示したつもりだった。

それは2014年の2月頃。

 

毎日のように涙した。

ごめんね ごめんね。

お父さんのことなんもわかっていなかった。

 

何よりもおかあさんがいない分、自分が支えてあげるべきだった。

そのことすらできなかった20年間。

 

それが愛というものだったのかもしれない。

 

 

ありがとうの一言さえ 照れくさくて言えなくて

愛しているの一言さえ 言えなくて大人になってしまった。

 

でも今は自分の意志を思いを伝えることができるようになってきた。

少しずつ

自分のなかにある想いを相手に伝えることができるようになってきた。

 

その想いを伝えることができた時、自分にとってこのうえ無い喜び

 

宇宙の外まで歓喜の叫びが響き渡る。

逆に言えば、伝えたい想いが出てきたときに伝えられないことは地獄となった。

圧縮圧縮・・・

それは自分にとって究極の地獄。

家族を守れなかった、家族がバラバラになってしまったトラウマがよみがえって

我を失う。過呼吸になる。あれこれと思考をめぐらすけれど道が見えない。

 

自分にとって、伝えたい想いを伝えられないことは地獄。

 

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想いを伝えられることの次元。

いままではその次元にとどまっていた。

 

でも

 

今は次の次元にいる。

 

誰かのために生きるという次元。

 

大切な人たちのために生きる

 

守りたい人たちがいる。

 

家族にはこれから毎日少しずつ愛を還元してこうと思う。

 

でも今は目の前に大切にしたい人たちがいる。

 

その人のためにも

自分は今を頑張らなければならない。

 

今この瞬間に精いっぱいを込めたい

 

それがじぶんにとっての生きがいであり、幼少期に

成しえなかったことだから。

 

大切な人のために生きたいと思うのは私にとって

この上ない喜びであり生きがいです。

 

幸せにしたい。守りたいし、大切にしたい。

そう思える人たちが今近くにいます。

 

今月が勝負。2年半駆け抜けた道を走りきって次のステージにいきます。