”歴史”を紡ぐ旅をしよう

小さな田舎町で育った20代若者の戯言日記

Vol.148 【出会いと別れ】

こんばんは

今日もお疲れ様です(=^・^=)

 

みなさん体調大丈夫ですか~?

 

私は、一日中、腹痛に耐えていました

腹痛に耐える日なんて何年ぶりだろうか

そのおかげで今夜の公開講座は欠席

 

今はだいぶ落ち着いてきました(^-^;

 

今夜もゆっくりやすもう

 

さて、

今日は埼玉医大へ定期健診にいって参りました

小学3年生の時からもうかれこれ15年通っています

 

実はわたし、こうみえて不治の病を抱えています

っていっても大したことない病です(^-^;

 

毎朝かならず薬をのんでれば、

普通の人と同じように生活も仕事も

もちろん恋愛もできる(*^ ^)

 

この病気は生まれつき先天性の病気で、

小学3年生になる少し前あたりで

そのことが発覚しました

 

すごいまれな病気のようで(調べてみると全国で400例くらいとのこと)

いまだ解明されていないとのこと

だから薬で症状を抑えることしかできないのです。

 

この病気があることも

私が生きなければならない理由のひとつです。

 

「こんな病気抱えてたって笑顔で未来に希望持って生きれるんだ」って

病気で闘ってる人たちに励みになってくれたらすごく嬉しく思います

 

この病気を担当してくださった小林先生は

母親が離婚でいなくなってからの日々の母親代わりのような存在でした。

その先生との出会いが今の私のいきる原動力でもあります

 

この病は、一般の人となんら変わらず生活もできて

普通にしてれば症状がほとんどなく、

本当は毎日飲まなければならない薬があるのですが

別に飲まなくても生活できるし、飲まなくたっていいでしょ。って

幼いころは飲み忘れることが多くありました。

 

3カ月に一度診察にいくのですが(これは今も変わらず)

最初のうちはごまかしが効きましたが、先生は嘘を見抜いていました

(まあ当然ちゃ当然のことですが)

それで、今でも忘れないのですが、かなりきつく叱られたことがありました。

当時、ふざけ半分でこの病気と付き合っていた私にとって

いつも優しく気にかけてくれていた先生に叱られたことは衝撃的なことでした。

 

その時、我に返ったのです。

 

「自分の病気は大したことないけれど、

まだ解明されていない謎の多い病。

先生さえも、解決策がわからない

だから

いつ何が起こるかわからないから

3カ月に1度の定期健診を受けているんだ」

 

その日を境に、私は薬を毎日欠かさずのむようになりました

先生に迷惑かけたくない。

 

その叱咤の背景には愛情があったことを

大人になるにつれてわかるようになっていった

 

いつしか先生のために薬を飲むようになっていた。

 

その先生が高校1年生のころから、別の担当先生に代わりました

理由は、体調が悪いためと聞かされていました。

私は特に気にせず、すぐに戻ってくるだろうって待っていました

 

が、一向に戻ってこず、気づけば大学1年生。

その時、代わって診てもらっていた先生から突然の報告を受けました

「黙っていてごめんね。じつは2年前に、癌で亡くなっていたんだ。ご家族の方から内密にしてほしいとお願いがあった。だから今になってしまった。申し訳ない。。最後の最後まで、中川君のこと気にかけていた。小林先生が診ていた中で、一番長い付き合いだったからね。」

 

この先生の死をきっかけに

先生の分も精一杯生きて、幸せになるぞって決めた。

どんなに苦しくても生き延びるんだって決めた

だから、

4年前のどん底の時も生き延びることができた。

 

『先生、私は今、時代をかけた勝負をしています

先生と過ごした10年間は決して忘れません。

母無き日々を見守ってくださってありがとうございました』

 

帰り道、1時間に1本しか走らない電車にのるために

駅のホームで待っている時の夕暮れ空がきれいだった

静かで、いつもの都会の忙しさとは無縁の時空間の中

最近の疲れも忘れられた。

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こんな日々が毎日続くといいのにな

 

P.S

今日のおひるは

毛呂駅近くにある

一人のおばあちゃんが営む23年続くお店「大判焼きエコー」にて。

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今年の5月頃、診察まで時間があったので毛呂を探索していた時に見つけたお店

 

おばあちゃんっこの私にとってどこか懐かしくて

とても魅かれたため、入ってみたのがきっかけ。

 

大判焼きがメインですが

お昼はランチメニューもしっかりあり

ゆっくりすごせる空間です。

 

ときおり、地元の子供たちが自転車に乗って

「おばちゃん大判焼きください!」って駆けつけてくるのですが

その光景が、昔を連想させて懐かしく思える。

 

今日は15時ころに伺いましたが客は私だけで

お店のおばちゃんと話す機会に恵まれました

 

「今日は病院の帰りかい?」

「そうです。もう10年以上通ってます。なんか一生治らないみたいなんです(^-^」

「そうかい~。かわいそうに(T_T)。明るくてそんな風には見えないよ(^^。」

「ありがとうございます。よくいわれます(^-^。おかげさまで元気です!

このお店は何年くらい続いてるのですか?」

「23年だよ(^-^;。この店は好きかい?」

「私自身がおばあちゃんこなので、こういうお店はなんだか惹かれます。すごく好きです。懐かしい感じがして(*^^)」

「オムライスの味はどうだった?想像と違ったかい?」

「やっぱり、想像を超えますよね。美味しいです!今度はカツカレー頼みます!」

「またおいでね~火曜と金曜が休みだからね!」「はーい!病院は土曜なのでこれます。次は3月です。ごちそうさま~(*^^)」

 

このお店をあとにしたとき、

なんだか感極まって泣きそうになった

 

このお店数十年後には無いのかな・・・

いつまでもあり続けてほしいお店のひとつです。

 

なんで泣きそうになったのかなあって

電車を待ちながら思い返していたけれど

以前も、こういうことがあった

 

人との出会い、そして別れにとても敏感な私。

少し深くかかわると、別れが悲しくなる

 

3年前の夏に子どもたちとの別れで

大泣きしたことがあった

 

私は人が大好きなのです。

だから、深くかかわりたくない

矛盾してますね(笑)

 

さて、もう2時になっちゃうのでもう寝ます!

おやすみ(*^^)zzz